当てにならない映画メモ

つまらない?見方を変えれば面白い

T2 トレインスポッティング

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低学歴と低所得ゆえに悪の道を進む若者たちの溜まり場が都市開発の区画整理により排除され、個性のない画一的なショッピングモールが建ち並ぶ様子が非常に切なかったです。貧困に対する政策が手付かずの政府の責任は追及されず、その代わりに無政策が生んだ若者が逮捕され収監されていく理不尽に対する無力感が根底にありました。他の観客は前作を思い出して笑っていましたが、その笑いこそが無力感を引き立てているわけです。自虐ネタはもちろん最高に面白かったです。

個人的にはここがツボ↓

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ダニー・ボイル監督の代表作に「スラムドッグ$ミリオネア」がありますが、そこにも低学歴と低所得ゆえに不正を疑われる若者の姿があります。そして、ラストシーンの無力感を吹き飛ばす音楽がとにかく素晴らしいです。

はじまりへの旅

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単純明快なハリウッド映画かと思いきや、過激な資本主義批判発言連発で挙句の果てにトロツキズム支持を匂わす発言があり、トランプ支持者が観たら怒り狂うであろう内容でした。共産主義に理想を抱く人は身内や隣人から煙たがられ、ヒッピー扱いされ森の中で暮らすことになってしまうほど肩身が狭いというのはアメリカ国内においては事実かと思います。言論の自由が許されないアメリカは本当に自由の国と言えるのか疑問が湧いてきました。

森に棲む父と子供たちが亡くなった妻の葬式に参列するために街に出ていくわけですが、妻が望んでいた火葬ではなく他の身内が希望する土葬になっていたことから、森家族と妻の親族との対立が深まっていきます。子供たちも街の文化に触れることで親の教育方針に疑問を持つようになっていきます。このように宗教の自由や子供の権利の問題にも触れています。アメリカはあまり日本と変わらないなと思いました。

葛藤や対立をうまく描いており、感情の揺れ動きの表現はハリウッド映画お馴染みのテクニックなのですが、アメリカでこういった内容の映画の企画が通ったことに驚きです。案の定、アメリカ国内では賛否両論が巻き起こりましたが、権利意識の高いヨーロッパ諸国では評価が高くカンヌ映画祭で賞を獲っています。

 

ゴースト・イン・ザ・シェル/攻殻機動隊

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これまでの攻殻機動隊関連作品で描かれたテーマをミックスしたストーリーラインで、マトリックスベースのブレードランナーというテイストで洋画好きには堪らないエンタテインメント作品でした。

思いっきり瞬きしているし、息遣いが生々しかったので、「エクス・マキナ」のアリシア・ヴィキャンデルのバレエ経験を活かした人間的動作の抑制をスカーレット・ヨハンソンは見習うべきかなと思いながらも、アベンジャーズのアクション経験が遺憾なく発揮されていました。

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ホワイトウォッシングだと批判がありましたが、そもそも原作では人種や性別も明記されていないので白人系の義体を選んだ少佐と考えれば、人種の問題はこのさいどうでもいいです。重要なのは人を人たらしめるものは記憶だがそれを信じるべきなのかという葛藤であったり、動物と人と人工知能の違いの探求であったり、膨大なデータから生まれた自我の権利は保障されるのかという点にあります。

最重度身体障害者で記憶障害のある女性捜査官という観点で全ての作品を楽しんでいます。

にっぽん泥棒物語

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福島の今置かれている状況を踏まえて国鉄東電に置き換えてみると奥深い内容でした。全編にわたり福島弁なので聞き取るのは大変でした。

疑わしきは罰せずの原則を無視して労働運動に参加した=国鉄に恨みがあるという理由で脱線事故の首謀者とされた男が元窃盗犯(三國連太郎)の証言により無罪になるという話なんですが、労働運動のある日は空き巣の好機であるとしか考えていない元窃盗犯の証言が裁判の行方を決めることになるということで元窃盗犯の心の揺れ動きがたまらなく滑稽で面白いです。

三國連太郎の「嘘つきは泥棒の始まり」という台詞=テーマのために泥棒を題材にするのは面白いし、嘘をつく泥棒は罰せされるのに国の嘘はまかり通ってしまうという理不尽を笑わせながら訴えかける手法に感心しました。今なら露骨な政府批判が問題になり上映禁止になるかも知れません。

わたしは、ダニエル・ブレイク

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障害が軽度であるとみなされて手当を受けられず、働こうにも医師には止められているので働けず一瞬にして貧困に陥る内部障害者が二児のシングルマザーや貧困ゆえに犯罪まがいの商売を始める若者と交流する映画であり、更に移民の問題も含まれておりテーマがかなり多いのですが台詞のうまさもありすんなりとメッセージが頭に響いてきました。下手なドキュメンタリーよりよっぽど心を動かす内容でした。無理やり泣かせる演出がないぶんドライな印象がありハリウッド型テンプレートに慣れている人は物足りなさを感じるかもしれません。でもこの物足りない感じが自分の生活における社会に対する無力感ややるさなさを煽り、かえって社会的な関心を増幅させるのです。

脇役がこれまでのケン・ローチ作品に出てきたキャラクターにどことなく似ていて、これまでの映画の要素が全て詰め込まれているような感じがしました。この映画で引退してしまうと思うと寂しいのですが、集大成にふさわしい映画でした。

山河ノスタルジア

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話自体はよくある話なんですが、歴史的建造物のすぐ横で重機が行き交っていたり、自然遺産の空撮など「ブレードランナー」のような迫力のある映像で驚きました。神の視点から世界を見下ろして、時代が変わっても家族の愛は普遍であるということを語りかけているような感覚になります。スケールの大きい映像の中で鳴り響く爆竹の音が印象的で、家族の愛は普遍で偉大なものだけれど、人間の人生なんて一瞬で終わる爆竹の音に等しいと言われているような気がしました。「愛は一瞬で永遠」というキリスト教仏教が共存している中国の価値観は日本の価値観に通じるものがあり、親近感を覚えました。爆竹の音に感動したのは初めてです。そして「火の鳥」が何故か思い浮かびました。

最近の中国や韓国の映画を観ると日本への歩み寄りが見られ、黒歴史を振り切り建設的に関係修復ができそうな予感がしますが、残念ながらアメリカの存在がそれを阻害している気がします。日本のマスコミのせいで中国の実態がよく分からなくなっているので、映画を観て隣国を理解するのが平和への一歩なのかもしれません。

哭声/コクソン

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サスペンスと思わせて理屈では理解しえない世界へ引きずり込む作風はまるでデヴィッド・リンチを思わせます。共通するのは「真実への過信」ではないかと思います。科学的根拠でのみ真実を見出し、それを絶対的な真実だと思いこむことは思考の可能性を閉じてしまうということを示しています。デヴィッド・リンチは無意識に潜むアイディアに信頼を置いており、彼の作品にはいつも思考の可能性を広げてもらっています。

思考の可能性を追及しているうちは、この作品の答えは出ることはないです。ある意味では思い込むことでしかこの作品の真実にはたどり着けないのですが、思い込みの真実にたどり着いた途端に思考の可能性を捨ててしまうことになるし、この作品の思考の可能性を捨ててしまった人達と同じ顛末を辿りそうで非常に恐ろしい気がします。マスコミの提示する真実を真に受けて思考の可能性を捨ててしまう傾向が日本人にもあるだけに尚更、恐ろしいです。

作りだされた真実を疑い、惑わされない信念を持たないと本当に怖いなという教訓的な映画です。作中、韓国人にとって反日教育により実体が掴みにくくなっている日本人が一方的に疑われていくのは、反日教育が思考の可能性を捨てさせる象徴だとナ・ホンジン監督が自国民を戒めているようにも思いました。日本人を色んな映画に出過ぎてそれこそ実体が掴めない國村準が演じているのがまた面白いです。